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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)16号 判決 1972年2月28日

東京都練馬区中村二丁目五番地

原告

東京プラント工業株式会社

右代表者代表取締役

斉藤精康

右訴訟代理人弁護士

内野経一郎

菅充行

安武幹雄

高橋正雄

東京都練馬区栄町二三番地

被告

練馬税務署長

井上録郎

右指定代理人

日浦人司

横尾継彦

上野清朗

池田修

右当事者間の法人税課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「被告が原告の昭和四二年六月二日から昭和四三年三月三一日までの事業年度の法人税につき昭和四三年一二月二六日付でした更正処分のうち所得金額五万〇一九〇円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告は昭和四二年六月二日から昭和四三年三月三一日までの事業年度の法人税につき所得金額五万〇一九〇円、税額一万四、〇〇〇円と確定申告したところ、被告は、原告が定率法によって計算して損金の額に算入した減価償却資産(機械・車両・什器備品)の償却費六一六万三一六三円は、原告が選定して被告に届け出た定額法によって計算した償却限度額二六九万三九四七円をこえているとの理由により、その超過額三四六万九二一六円の損金算入を否認し、昭和四三年一二月二六日付で、所得金額を三五一万九四〇六円、税額を一一〇万三二〇〇円と更正し、あわせて、過少申告加算税五万四四〇〇円の賦課決定(以下「本件更正および決定」という。)をした。

二  しかし、原告は昭和四二年七月七日前記減価償却資産の償却方法として定額法を選定する旨被告に届け出たが、原告の真意は定率法を選定するにあったもので、右届出は税法の知識に乏しい原告の経理事務担当者が届出用紙の所定欄に不用意に「定額法」と記入したものにすぎなく、したがつて、右償却方法の選定は錯誤によって無効であり、原告を拘束する効力を有しない。

一般に機械・車両等の有形減価償却資産については、その効率が高く利益を多くあげうる時期に多くの償却をし、収益力が低下するにつれて償却額を少なくする定率法の方法によって償却費を計算するのが合理的といえる。このことは、法人が償却の方法を選定しなかつた場合における償却方法を定率法とする旨定めた法令の規定(法人税法三一条一項、同法施行令五三条一号)が存することからも窺うことができる。ことに、建設機械の賃貸等を業としている原告の場合には、借手は機械を酷使するのが常であるうえ、顧客の需要に応ずるには新型機械を絶えず購入して行く必要がある関係上、機械類の実際の耐用年数は法定耐用年数よりはるかに短いのであるから、資本金僅か一〇〇万円をもって昭和四二年六月二日設立されたばかりの原告がこれら資産の償却を定額法で行なうなどということは、常識上到底考えられないのであって、このことからみても、右届出が錯誤によるものであることは明らかというべきである。また、原告は、本件法人税の確定申告の諸用紙を被告から送されて付を受けたのであるが、そのうち減価償却資産の償却額明細書用として定率法の用紙(法人税法施行規則別表一六(二))が送付来たのであつて、この事実は、原告が定率法による償却を行なつていることを被告においても了解し、その意を原告に伝えたことを示すものということができる。

なお、原告が錯誤によって定額法の選定届出をしたのについては、該届出を受理した被告の窓口指導が不十分であつたことにも一半の責任があるというべきであり、さらに、原告の右届出を基礎として新たに利害の関係を生ずるに至つた第三者も存しないのであるから、右届出の法的拘束力を否定するについて妨げとなるものはない。

したがつて、被告としては、原告が確定申告にあたつて採った定率法による償却限度額までの損金算入を認めるべきであつたのであり、定額法により計算した償却限度額をこえる償却費の損金算入を否認すべきものとしてした本件更正および決定は償却方法に関する原告の無効な選定を前提とした違法は処分である。

三  そもそも、租税は、実質的に所得のあった者に対して公平に賦課さるべきものであり、そして、実質的な所得の有無および額は、一般に公正妥当と認められる企業会計上の原則に従つて定められるべきである(法人税法二二条四項参照)。このことは、もとより、減価償却資産の償却についてもあてはまる。

原告が本件事業年度の所得の計算につき定率法によつて償却費の額を計算したことが公正妥当な企業会計の原則に適合するものであることは前記のとおりであるのにかかわらず、被告が、償却方法の選定に関する法令の規定(それは、もともと事務の簡便、迅速化のための手続的な定めと解すべきである。)を根拠としてその選定が原告の真意に基づくものではない償却方法によることを強い、原告が適正かつ適法に計上した損金の算入を否認したことは、実質的に所得のない者に対して課税をしたことに帰着する。それゆえ、本件更正および決定は、租税原則や法人税法二二条の趣旨に反し、ひいて憲法三一条にも違反する違法な処分であるといわなければならない。

第二被告の答弁

一  原告主張の請求原因のうち、本件更正および決定の経緯および理由(ただし、原告の確定申告に自動車五台について耐用年数に関する大蔵省令の適用の誤りが認められたので、この点も是正して償却限度額計算した。)原告が昭和四二年六月二日設立にかかる資本金一〇〇万円の建設機械賃貸等を業とする会社であること、被告が定率法の減価償却費明細書用紙を原告に送付したことは認めるが、原告のした償却方法選定の届出が錯誤によるものであることは否認し、本件更正および決定が違法である旨の主張は争う。

二  法人税法三一条一項によれば、法人税の所得の計算上、減価償却資産の償却費を各事業年度の損金に算入しうる金額は、当該法人が当該事業年度において償却費として損金計理をした金額のうち、当該法人が当該資産について選定した償却方法に基づいて計算した金額に達するまでの額とされているのであるから、原告が本件事業年度について損金計理をした償却費のうち原告が選定した定額法に基づいて計算した額をこえる部分を否認してなした本件更正および決定は適法である。

減価償却資産の償却方法の届出は私人の行なう公法行為に該当するが、私人の公法行為については法律行為の錯誤に関する民法九五条の規定が直ちに適用されるものではなく、錯誤が重大かつ明白であり、法令の特別の定めによらずに是正を許すのでなければ当該私人の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合にかぎり、当該行為の無効を主張することが許されるのとも解すべきである。ところが、本件において、定額法または定率法のいずれが償却方法として合理的であり有利であるかは、個々の企業の業態、業績等との関連において一長一短があり、にわかに断定し難いのであるから、原告主張の事由をもってしては、錯誤が明白かつ重大といえないことはもちろん、原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合にも該当しないことは明らかである。

なお、被告が原告に定率法の用紙を送付したのは、東京国税局の管内各税務署では、確定申告の励行確保と納税者の利便に資するため、管内各法人に必要最小限度の用紙を送付する取扱いをしているところ、法人数が多いため、各法人が必要とする用紙の種類をいちいち確認せず一律に同じ用紙を配布したために生じたことである。被告において原告が定率法を選定したと理解したからではないし、原告としては、他の法人がそうしているように、所要の用紙の交付をすすんで被告に求めるか、市販の用紙を用いれば足りた事柄である。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第一二号証を提出し、証人渡辺浩利の証言を援用した。

(被告)

甲各号証の成立を認めた。

理由

一  原告が昭和四二年六月二日から昭和四三年三月三一日までの事業年度の法人税につき所得金額五万〇一九〇円、税額一万四〇〇〇円と確定申告したところ、被告は、原告が定率法により計算して損金の額に計上した機械・車両等の減価償却資産の償却費六一六万三一六三円のうち、定額法によって計算した償却限度額二六九万三九四七円をこえる部分(三四六万九二一六円)の損金算入を否認して、昭和四三年一二月二六日付で所得金額を三五一万九四〇六円、税額を一一〇万三二〇〇円と更正し、あわせて、過少申告加算税五万四四〇〇円の賦課決定をしたこと、および、原告が昭和四二年七月七日被告に対し前記減価償却資産の償却方法しとて定額法を選定する旨の届出をしたことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、前記の被告に対する償却方法選定の届出は、錯誤により無効であって、原告を拘束する効力を有しない旨主張する。

よって案ずるに、証人渡辺浩利の証言によれば、原告代表者は、原告会社の設立の届出を被告になすに際し、当時大学院の商学研究科に在学し、かたわら弁護士事務所に勤務して顧問先の経理指導等にあたっていて、減価償却の方法たる定額法・定率法の意味も理解していた右渡辺浩利と相談のうえ、定額法または定率法のいずれによるも企業利益の平準化という面からみれば大きな差はなく、また、定額法の方が決算時における計算が容易であるとの、それなりに根拠のある判断から、定額法を選定する旨の前記届出を、税務署から交付を受けた届出書を使用していたものであるが認められる。してみると、右届出は、機械・車輛等のいわゆる有形減価償却資産の償却方法として法(法人税法三一条一項。三項、同法施行令四八条一項一号)の予定する定額法および定率法の内容を正しく理解したうえで、定額法を選定する意思のもとになされたものというべく、そこに錯誤は存しないといわなければならない。原告は、右届出が錯誤によるものであると推認すべき事情として、原告会社にとつて定額法を選定することの不利益を種々述べるけれども、それらは結局のところ本件事業年度の課税に関するかぎり定率法が原告に有利であるというにすぎず、企業の継続を前提として考えるならば、いずれが原告にとつて有利であるかはにわかに断定し難いところであるのみならず、かりに、原告にとって定率法を選定した方が合理的かつ有利であり、かつ、原告がその点の熟慮を欠いたために定額法を選定する旨の届出をするに至つたものであるとしても、そのような事情は、右の届出を要素の錯誤によるものとして無効ならしめるべき事実にあたらないことはいうまでもない。また、被告が原告に対し本件法人税の確定申告用として定率法による償却費明細書用紙を送付したことは当事者間に争いがないが、そのことから直ちに、前記の原告の償却方法選定の届出が錯誤により無効であることを被告において認めていたものということもできない。

さらに原告は、本件事業年度の所得の計算につき原告が定率法によつて償却費の額を計算したことは公正妥当な企業会計の原則に適合するところであるのに、減価償却方法として不合理な定額法によることを強いることは、租税法上の原則や法人税法二二条、憲法三一条に違反すると主張する。しかし、法は、有形減価償却資産の償却方法として定額法、定率法のいずれをも公正妥当な会計処理の方法として認め、いずれの償却方法が有利となるかは、前述のとおり、一義的に決しうるものではなく、当該法人の営む事業の実態および資産の種類によつて異なるところから、課税標準たる所得計算の前提として現実にいずれの方法によるかは、これを当該法人の自主的な選定に委ねているのであり、所得計算の確実性と償却方法の継続的適用を期するために、書面による償却方法選定の届出を命じているものと解される(法人税法二二条。三一条、同法施行令五一条)。したがつて、前記判示のとおり、原告のした定額法の選定を無効とすべき理由の認められない以上、本件事業年度法人税の確定申告において原告が損金に計上した償却費のうち定額法によつて計算した償却限度額をこえる部分の損金算入を被告が否認して本件更正および決定をしたことは、前記法の定めるところに従つた当然の処分であり(確定申告において減価償却方法として定率法が採られているからといつて、ただちに後者による償却を是認することは、法人税法施行令三一条二項のような規定がない以上、許されないところと解すべきである。)たとえ定率法によつた場合に比し原告に不利益な結果になつたとしても、それは原告が償却方法として定額法を選定したことによりみずから招いたものにほかならず、右不利益の故をもつて本件更正および決定を違法、違憲とする所論は、所詮理由がないといわざるをえない。

三  以上のとおり、本件更正および決定の違法をいう原告の主張は理由がなく、法人税法三一条一項の規定に基づき原告の選定にかかる定額法により計算した償却限度額(定額法によつて計算するときは被告が本件更正の根拠とした額となることは、原告において明らかに争わないところである。)をこえる償却費の損金計上を否認してなされた本件更正および決定は適法というべきであるから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 南新吾 裁判官 竹田穣)

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